欧米の我々人間の仕事の分類として「ホワイトカラー」と「ブルーカラー」という二項軸を提示している。
この考えの根本には、優位と劣位の概念が根本にある。
欧米の根本にある、二項軸には必ずそれが存在する。
西洋と東洋もそうだ。もちろん欧米に限らず、対象概念化しているものには、命名したというか、概念化した者には、それは優位としてつけているはずである。
それは意識的であろうとなかろうと、どうしてもそう感じざるを得ないところがある。
大乗仏教と小乗仏教、旧約聖書と新約聖書などもそんな範疇に入る。
そんな「ホワイトカラー」と「ブルーカラー」という二項軸の概念を乗り越えた「クリエイティブ・クラス」であるが、これは日本にとてもしっくりした概念であると感じるのである。
日本は現場で持っていると、よく言われる。
正しくそう思うのである。
現場=ブルーカラーではなく、概念的にはホワイト化することが、日本の強みになるのであろう。
現場という定義もしなければならないのであるが、
そのホワイト、ブルーという、いわゆる上下の縦関係ではなく、
横関係でもない、糊しろ関係とでもいうものだろうか。
日本はここを大事に考えないといけない。
今よく言われている、「場(Ba)の理論」なのかもしれない。
いずれにしてもこの本を読みすすめていくと、
キーワードにつきあたる。
3つのTだ。
Talent(優秀な人)
Technology(技術)
Tolerance(寛容)
なるほど、と思うところもあるが、
私はアグリーできない。
最後のトレランスである。非常に心地よい言葉に聞こえるが、
私が書き進めてきた、優位と劣位という表現に見事に当てはまることばであるからだ。
アメリカ(欧州を含む)にある、優位をくずさずに
その中で劣位も認めていこうとする態度に他ならない。
東大名誉教授の比較文明学の権威である伊東俊太郎さんのいう「自他等値」とはかなりかけ離れた
概念だと認識している。
あくまでも「上から目線」の発想である。
ただ、これを批判するのではなく、それはそのようなものだと日本人として飲みこんだ(認識)上で、
どのような態度、制度として今後に推し進めていくか、が大事だと思っている。