#哲学

オーディオは偽物か。

大変ご無沙汰しています。 CDは少しづつですが、毎日聴いています。 アナログはカートリッジを交換して、主観ですが更に良く鳴ってくれていると思います。 たまに聴いているという感じでしょうか。 本はいつも通り読んでいます。 その中でも宗教や哲学、歴史…

宇宙波と丸山眞男

「宇宙波」を初観測とニュースが飛び込んできた。ノーベル賞級の快挙だと絶賛していた。 我々はなぜあのような宇宙の重力波に心打たれるのだろうか。日々の生活には全くと言って良いほど関係がない。 しかしある存在に人間は動かされている。そのsomething …

最近教養やリベラルアーツという言葉がクローズアップされていますが・・・

ここで私なりにこの言葉について綴っておきたいと思う。 歴史・哲学を学ぶ意義 すなわちリベラルアーツを学ぶ意義 「今」を大局観で捉えて、総論ではなく、各論の打ち手の判断、意思決定の礎となる確固とした「意志」を支える精神の安定剤である、と定義した…

チェコのプラハに行くご縁でカフカを初めて読みました。

『変身』です。読書家ではあるのですが、小説はあまり読まなかったのですが、こんな時にこそ その人から滲みでる風土観や歴史観、死生観をしりたくて、安直な考えですがカフカを読みました。 今からちょうど100年前の1912年に書かれた小説です。西田幾多郎の…

西田幾多郎著作集

とうとうと申しましょうか、ついに面倒?になり読破しようと買ってしまいました。 『善の研究』はもちろん論文は、つまみ食い的に色々と読んでいたのですが、えいやっで 買いました。 余計に面倒なことになってしまいました。(大汗) 相変わらず、本は読んでま…

見えないものを見る

「見えないものを見る、聴こえないものを聴く」という矛盾。 2つのスピーカーのあいだに広がる空間に浮かぶ、奏者たち。 時代を超えて、空間を超えて、耳で見ている。 その奏者や歌手は時代を背負い、その国の歴史観をもったなかで全体観として 我々に訴えか…

三島由紀夫の『文化防衛論』

最近、昭和30~40年代のものを読んでいます。 オーディオのことをここのところ書いていますが、 最近は圧倒的に本を読む時間のほうが多いのです。 一日一冊ペースという感じでしょうか。 次から次へと「読んで欲しい」と本棚の本が叫んでくれているようです…

西田幾多郎の『真 善 美』 truth, goodness, and beauty

最近、バタバタとしていて少し本を読むペースがおちていたのですが、 大きな本屋さんに眺めに行きました。 たまにゆっくり眺めにいくのです。 それでこの本を購入しました。 西田哲学は非常に難解です。 いや、哲学は洋の東西を問わずそうですが、難解なもの…

音哲学: もうすぐモノラル・フォノイコライザー・アンプが到着します。

とても楽しみにしています。 より「普通の音」になることを期待しています。 音圧で人間を圧するというような、何か西洋的・一神教的な押し付けではない音の世界観です。 我々はこのような音世界に慣らされ、それを追い求めることが素晴らしいことだと認識さ…

アンプそのブランド 魂を入れる

push-pull mono-power アンプを製作して、鳴らし運転をしているところは書いていますが、 驚くほど私に訴えかけてくれています。 しかし、最初に書きましたが、まだこれに魂を入れていません。 名前という言い方は表層的ですが、名前をつけたいと思います。 …

「耳で見て、目で聞く」という概念

仏教、その中でも後期仏教である、大乗仏教の「見る」は、目で見ることではなく、「耳で見る」ことだという。 また、聞くのは「目」だという。 案外この概念は、しっくりくるものがある。 700年前の禅僧である、大燈国師は和歌を詠んでいる。 耳に見て眼に聞…

森林の思想・砂漠の思想

どうも本の寄り道が好きなようでして、ついつい引用されていたり、以前読んだことがあって 記憶が曖昧なものは読み返したくなります。 この本もそうです。 『ヒンドゥー教』と『地中海』を読んでいたら、どうも山、山脈という地理学的なアプローチが 出てき…

ヒンドゥー教

キリスト教、イスラム教に次ぐ宗教人口を持つヒンドゥー教について もう少し知識を得たいと思い、少し軽めですが読んでいます。 もちろんインドが中心です。インドだけで6.9億の民がこの宗教を信仰してるそうです。 次にイスラム教を信じる人々、この人々だ…

方法序説的アプローチとしての「音」

もうお亡くなりになったが、ルネ・デカルトの『方法序説』訳者として有名な元京都大学教授の 野田又夫さんが『デカルト』(岩波新書)を書かれた中に、 『方法序説』のことを「・・・・ 全体として透明水のごとき文章であり、けばけばしい 修飾などは一つもなく、…